決断力
 棋士は指し手で自分を表現する.
音楽家が音を通じ、画家が線や色彩によって自己を表現するのと同じだ.
小説家が文章を書くのにも似ている.
二十枚の駒を自分の手足のように使い、自分のイメージする理想の将棋を創り上げていく。
ただ将棋は二人で指すものなので、相手との駆け引きの中で自分を表現していく.
その意味では、相手は敵であるのと同時に作品の共同制作者であり、自分の個性を引き出してくれる人ともいえる.

 未知の局面は偶然に現れるものではない.
自分と相手が一手一手を決断していく過程で現れたものだ.
自分のアイデアは案外決まっているので、対戦の中で、相手にいろいろ引き出してもらうことも多い.
対局中に、「次のアイデア」が浮かぶこともある.
「次はこうやろう」というアイデアがどんどんストックされていくのだ.

 相手との指し手の中で、知らなかった局面が現れる、発見ができる.そういうことは意義のあることだと思っている.
私は公式戦で矢倉戦は何百回と指しているから、どんな局面になっても対応できるだろう.しかし、見たこともない戦型になり、そこで指し手を決断するときには失敗も多いし、結果として間違っていることも多い.

 慣れていない、感覚でとらえられない局面には、たとえ失敗があったとしても、挑戦の楽しみがある.
その中で様々な発見をし、充実感が持てる.将棋に限らず、何事でも発見が続くことが、楽しさ、面白さ、幸せを継続させてくれると思っている.

「決断力」 羽生善治
by yoshiaki_works | 2009-07-27 10:30 |


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