カテゴリ:本( 31 )
安野光雅の不思議な絵本展
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天神イムズで「安野光雅の不思議な絵本展」が8月28日まで開かれています。

ワークスが会場構成の一部をお手伝いさせていただき、

「鏡のM」 と 「たの字のベンチ」を

吉野ヶ里の三好木工さんに作ってもらいました。

ポスターデザインは青い月の中川たくまさん。

土曜日には城真衣子さんのワークショップも開かれて人気です。

天神にお出かけの際にはのぞいてみてください。
by yoshiaki_works | 2016-08-05 18:42 | | Comments(0)
さくら 
この季節になると、茨木のり子さんのこの詩を想い出してしまいます。
茨木さんは私の母と同い年生まれ(19歳で終戦を迎えた)でした。
目の前のさくらの樹々がつぼみを膨らませはじめました。

さくら

ことしも生きて
さくらを見ています
ひとは生涯に
何回ぐらいさくらをみるのかしら
ものごころつくのが十歳ぐらいなら
どんなに多くても七十回ぐらい
三十回 四十回のひともざら
なんという少なさだろう
もっともっと多く見るような気がするのは
祖先の視覚も
まぎれこみ重なりあい霞(かすみ)立つせいでしょう
あでやかとも妖しとも不気味とも
捉えかねる花のいろ
さくらふぶきの下を ふららと歩けば
一瞬
名僧のごとくにわかるのです
死こそ常態
生はいとしき蜃気楼と
by yoshiaki_works | 2016-02-27 10:59 | | Comments(0)
おおきな木
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みやま保育園の落成式でふたつの絵本をいただいた。

「おおきな木」(THE GIVEN TREE)と

「いのちのまつり」(ヌチヌグスージ)

どちらもとてもすばらしい絵本で、

特に「おおきな木」には心を揺さぶる深い詩情とメッセージがあり、

何度も読み返したくなる。

こんな絵本の存在を知らなかったことを恥ずかしく思ったほど。

リンゴの木に木登りをして無邪気に遊ぶ小さな子どもと、

古いリンゴの切り株に腰を下ろす年老いた子ども、

さりげないモノクロームの絵と、やさしい言葉で編まれた短い物語に、

いくつもの思いを読み取って涙ぐんでしまう。

心あたたまる記念品をいただきました。

ありがとうございます。
by yoshiaki_works | 2015-05-16 11:28 | | Comments(0)
ナガサキリンネ
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中川たくまさんも参画している魅力的で小さな雑誌「ナガサキリンネ」.

ーモノをつくる人だけが、特別な人ではありません。
 わたしたちも時として、家族の為のひとりのつくり手です。
 また、友を導くひとりのつなぎ手です。
 そして、自分自身の暮らしと向き合えるたったひとりのつかい手です。
 つくり手、つなぎ手、つかい手とは、
 めぐりつながっていく、わたしたちの姿そのものなのです。ー

このことば通り、長崎とそのまわりの人たちのやさしいまなざしと
ゆたかな言葉でつづられた宝石箱のような小冊子です。

ナガサキリンネ2号の末尾に私も文章を掲載していただきました。
学生の頃から好きだった長崎外海地区の石の教会「大野天主堂」と、
上五島中通島にある石の教会「頭ガ島天主堂」の想い出です。

「長崎の教会群を世界遺産にする会」、
佐世保のアトリエの現場監理、
諫早の保育園の建替えなど、最近少しだけ長崎に縁があります。

久しぶりになつかしい友を訪ねて、長崎にいってみたくなりました。
by yoshiaki_works | 2013-06-14 12:23 | | Comments(0)
世界は
「世界は百万の邪悪な者と、一千万の愚か者と、一億の臆病者によって動かされている。
で、それ以外の者、つまり残りの私たち60億の人間もまた、ただ命じられたことを
やってるだけというわけだ!」

「真に邪悪な者は全世界でも百万しかいない。膨大な富をもつ者と絶大な権力を握る者。
彼らの決断だけが真の価値を持つ。その数はわずか百万だ。」

「それから愚か者とは—一千万人いるわけだが—邪悪な者が決めたルールを人々に強制
する兵士や警察官のことだ。十二の主要国の常備軍と、その主要国にさらに二十カ国を
加えた国々の警察機構に属する者たち。合計しても一千万人にしかならない。彼らは
何らかの権限を持っているか、重要な立場にいる。そして、往々にして勇敢だ。それは
確かだが、同時に愚かでもある。なぜなら命を捧げることで、その肉体を単なるチェスの
駒として利用する大義名分を政府に与えているからだ。長い眼でみれば、政府は常に彼ら
を裏切り、失望させ、見捨てているというのに。戦争の英雄ほど、国から敬意を払われず
に無視される存在もないよ。」

「そして、臆病者が一億いる。官僚、公務員、下っ端役人。彼らは邪悪な者の支配を許し、
見て見ぬふりをする。この部署のトップも、あの委員会の事務局長も、また別の協会の
会長もその一員だ。管理者であり、役人であり、市長であり、裁判所の職員である者たち。
彼らは自己弁護に余念がない。ただ命令に従っているだけで、自分の職分を果たしている
だけだと常に言い訳をする。個人的に恨みがあるわけではないが、自分がやらなければ、
結局、他のだれかがやることになるのだから、とね。彼ら一億の臆病者たちは何が起こっ
ているのか知っていても、声を上げようとしない。黙々と書類にサインしては、ある人間
を銃殺隊のまえに送り、百万の民を飢饉と言うゆるやかな死へ追いやっている。」

「シャンタラム」 グレゴリー・デイヴィッド・ロバーツ
by yoshiaki_works | 2012-06-30 17:13 | | Comments(0)
長田弘さんの詩
中川たくまさんの日記で知った長田弘さんの詩

「イツカ、向コウデ」

人生は長いと、ずっと思っていた。
間違っていた。おどろくほど短かった。
きみは、そのことに気付いていたか?

なせばなると、ずっと思っていた。
間違っていた。なしとげたものなんかない。
きみは、そのことに気づいていたか?

わかってくれるはずと、思っていた。
間違っていた。誰も何もわかってくれない。
きみは、そのことに気づいていたか?

ほんとうは、新しい定義が必要だったのだ。
生きること、楽しむこと、そして歳をとることの。
きみは、そのことに気づいていたか?

まっすぐに生きるべきだと、思っていた。
間違っていた。ひとは曲がった木のように生きる。
きみは、そのことに気づいていたか?

サヨウナラ、友ヨ、イツカ、向コウデ会オウ。

長田弘 詩集「死者の贈り物」より。
by yoshiaki_works | 2012-06-26 11:28 | | Comments(0)
つばさ
信念だけでは飛べないが、信じなければ飛び出せない.


空を自由に飛ぶ鳥たちも、みなが最初から飛べたわけじゃない.

隣りの枝に小さくジャンプすることから練習を重ね、

幼い鳥は、ゆっくりと、飛行の感覚をつかんでいく.

こずえにとまり、生まれて初めて大きく羽ばたこうとするとき、

彼らはいったいどんな気分になるだろう.

きっと「上手くできるだろうか」という不安と、

「うまくいくはずだ」という自信の混合.

子どもの頃は誰もが毎日のように感じていた、あの胸の高鳴り.

当たり前のことなんてひとつもない、やってみなくてはわからない日々.

空への挑戦は、わたしたちの心にもう一度、

翼をつくりだすことから始まる.

「大人の科学」学研教育出版

by yoshiaki_works | 2011-07-18 19:01 | | Comments(0)
幕末のロビンソン
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あとがきから

「人生も歴史もそのつどの偶発性で動いてゆくことを知らされたのはよい経験だったのかもしれない.所詮有限卑小な我々は、運命に振り回されながらも、にもかかわらず/だからこそ、強く深く生きるほかはない.この点でも漂民たちに学ぶことが多かった.そもそもなぜ私が漂流事例を調べだしたのかといえば、理科学生から哲学研究者へ転生し、勤め先で偶然始めたロビンソン物語とその変形譚の研究から、さらに探検、漂流の分野へ迷い込んだからである.思い起こせば転居・転校の連続であった(それゆえか『ひょっこりひょうたん島』に見入った)少年時代から、私の人生が漂流であり、サバイバルであった.さればこそ、この世の愚身から四次元時空間の宇宙塵に帰る旅立ちのときまで、ロビンソン魂を抱えてしっかり生きることにしよう.」

最後に献辞.妻真知子の慈愛に満ちた看護と助力なくして、私は生き抜くことはできず、この本は誕生しなかった.本書を捧げ感謝を表明する.

2010年晩夏

脊振のロビンソンと我が名呼ばれむ

峻岳院釈漂流居士   岩尾龍太郎


岩尾は夏に宇宙に帰った.
by yoshiaki_works | 2010-11-30 10:13 | | Comments(0)
祝婚歌
二人が睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい
立派すぎないほうがいい
長持ちしないことだと気付いているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
二人のうちどちらかが
ずっこけているほうがいい
互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで
疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい
立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には
色目を使わず
ゆったり ゆたかに
光を浴びているほうがいい
健康で 風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと 胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そして
なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい

吉野弘

by yoshiaki_works | 2010-05-28 17:53 | | Comments(0)
...しかし、そこから先の線がきれいだとか、
空間がいいというのは感覚になっちゃうんだよな。
これは、教えられないんだ。
それは、その人間の持っているものだ。
この感覚は教えられないんだ。
その人が仕事の中で掴むしかないんだ。

埋もれているものを探して、磨くしかないんだ。
俺だって、本人だってそれがどんなものか、
どこに隠れているかがわからないんだから、
やってみるしかないわな。

棟梁としての器量はその先の問題や。
人を束ねる能力があるかないかということになるが、
これもみんな同じじゃないさ、
その人が努力することだ。
その人間が信頼されて、仕事の注文があるかということになってくる。

むずかしいぞ、人を育てるというのは。

小川三夫
by yoshiaki_works | 2010-05-02 08:26 | | Comments(0)