・・・私の子どもの頃、父が
「そんなに神様に頼むと、神様はうるさがりはしないか」と言ったら
「千に一つ聞いてくださってもありがたい」と母は答えた.
父からはよくひやかされていた.「又来たかと神様は後ろを向いているだろう」と.
すると母は「なかなか物を聞いて下さらんような神様の方がよい.ひょっとしたら聞いてくれるかもしれんと思うから参る.頼みさえすれば聞いてくれる神様なら参らぬ.」と父に答えた.そんな母だった.
本当は自分の力一杯を生きての願いであったのだ.
おそらく私のふるさとの百姓の家庭は、こうした家が多かったのではなかろうかと思う.あるいは日本中の多くの家庭がこういうものではなかったろうか.
『民俗学の旅』宮本常一